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zoom RSS 沖縄戦からの遺書 大田司令官・梅沢少佐、その証言

<<   作成日時 : 2009/06/01 09:30   >>

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沖縄 海軍司令部 大田司令官 最期の電文

沖縄県民の実情に関しては県知事より報告すべきことであるが、県にはすでに通信能力がなく、第32軍司令部、又通信できないため、本職、県知事の依頼を受けたものではな いけれど、現状を見過ごすことができず、知事に代わって緊急御通知申し上げる。
沖縄本島が敵に攻略され始めて、陸海軍は防衛戦に専念せざるを得なく、県民に関してはほとんど顧みるにことができなかった。しかし、本職が知る範囲に於いては、県民は青壮 年(せいそうねん=おおよそ16歳から50歳くらい)の全部が防衛のための召集に応募 し、残された老幼婦女子は相次ぐ敵の砲爆撃に家屋と財産の全部を失い、わずかに身を以 って軍の作戦に差し支えない場所の小防空壕に避難、尚(なお)、砲爆撃下‥‥(判別不
能)風雨に曝(さら)さらされながら乏しい生活に甘んじている。
而(しか)も若い婦人は率先して軍に身を捧げ、看護婦や炊事婦のなかには、砲弾運び、挺身斬り込み隊すら申し出るものがある。 また敵が来れば老人子供は殺さ、婦女子は後方に運び去られて毒牙(どくが=悪だくみを含んだむごい手段)にかかるといって、親子生き別れ、娘を軍営(ぐんえい=軍隊の駐屯 地。兵営。陣営)の門のところに捨てる親もある。 看護婦に至っては軍移動に際し、衛生兵が出発したため身寄り無い重傷者を助けて‥‥(判
別不能)(それは)真面目にして一時の感情に駆(か)られたものとは思われない。さらに軍に於いて作戦の大転換あるや、自給自足、夜の中に遥(はる)かに遠隔地方の住民地区を指定されたため、輸送手段が無のことから、黙々として雨中を移動している。
これは、要するに陸海軍沖縄に進駐以来、終始一貫勤労奉仕、物資節約を強要せられたにもかかわらず、ただひたすら、日本人としてのご奉公の念を胸に抱いたまま遂に‥‥(判 別不能)ことなくして本戦闘の末期と沖縄島は実情形‥‥(判別不能)一木一草焦土と化 している。食糧は6月一杯しかもたない状況という。

沖縄県民はこのように戦った。 県民に対し、後世(こうせい=のちの時代)、特別のご配慮をしていただくことを願う。
追記・太田司令官自身もこの電文のあと、自決した。

梅沢少佐の手記と証言
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1203737301/-100
【歴史】沖縄集団自決、隊長はいさめた「我々の役目はあなた方を守ることだ」 軍強制説否定する新証言★2
1 :出世ウホφ ★:2008/02/23(土) 12:28:21 ID:???0
沖縄県座間味島で起きた集団自決をめぐり、同島の村長が日本軍の隊長に集団自決をいさめられ、 自決のために集まった住民に解散を指示していたことが、当時の防衛隊員の証言で明らかになった。 教科書などで誤り伝えられている「日本軍強制(命令)」説を否定する有力な証言といえそうだ。

証言したのは、座間味村で民宿などを経営する宮平秀幸さん(78)。沖縄戦(昭和20年3〜6月)の当初、15歳の防衛隊員として、同島に駐屯した海上挺進隊第1戦隊長、梅沢裕少佐の伝令役を務めていた。 宮平さんによると、同島に米軍が上陸する前日の昭和20年3月25日午後10時ごろ、 野村正次郎村長、宮里盛秀助役ら村三役と国民学校長、役場職員、 女子青年団の宮城初江さんが、梅沢少佐のいる本部壕を訪ねた。

そこで、宮里助役らは「明日はいよいよ米軍が上陸する。鬼畜米英にけだもののように扱われるより、日本軍の手によって死んだ方がいい」「すでに、住民は自決するため、忠魂碑前に集まっている」などと 梅沢少佐に頼み、自決用の弾薬や手榴(しゅりゅう)弾、毒薬などの提供を求めた。

これに対し、梅沢少佐は「そんなものは渡せない。われわれの役目はあなた方を守ることだ。 なぜ自決させなければならないのか。ただちに、集まった住民を解散させ、避難させよ」と命じた。村側はなお懇願し、30分くらい押し問答が続いたが、梅沢少佐が「おれの言うことが聞けないのか」と弾薬類の提供を強く拒否したため、村の幹部らはあきらめ、忠魂碑前に向かった。 
同日午後11時ごろ、忠魂碑前に集まった約80人の住民に対し、野村村長は「部隊長(梅沢少佐)に自決用の弾薬類をもらいにいったが、もらえなかった。みなさん、 自決のために集まってもらったが、ここでは死ねないので、解散する」と話した。このため、 住民たちはそれぞれの家族の壕に引き返したという。

2月22日23時15分配信 産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080222-00000977-san-soci
前スレ : 2008/02/23(土) 00:04:30
http://mamono.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1203692670/l50
>>2以降に続く


2 :出世ウホφ ★:2008/02/23(土) 12:28:31 ID:???0
宮平さんは「私は、本部壕での村側と梅沢隊長のやりとりと、忠魂碑前での野村村長の指示をすぐ近くで聞いていた」と話す。

その後、村長ら村三役や国民学校長らとその家族はそれぞれの壕で集団自決したが、宮平さんら多くの住民は自決を思いとどまり、翌26日に上陸してきた米軍に捕らえられるなどした。 宮平さんは米軍の迫撃砲で左足を負傷し、自分の家族の壕に戻ったところを米軍に見つかったという。 宮平さんはまた、梅沢少佐の元部下から生前に送られた手記を保存している。そこにも、 村三役と国民学校長らが自決用の劇薬、手榴弾、ダイナマイトなどをもらいにきたが、 与えるべき武器、弾薬類がなかったことが書かれている。 宮平さんは戦後、これらの事実を話す機会がなかったが、「昨年、集団自決をめぐる教科書の記述が問題となり、
真実を伝えておきたいと思った」と話している。
(終)



711 :コピペ推奨・梅澤部隊長の証言:2007/10/06(土) 23:04:14 ID:jtqT4Loz0
抜粋
結局集団自決をしようという話が出たのは、19年の明治節や。
−−−−−−11月3日ですね。−−−−
沖縄の決戦を控えて、住民の総決起大会があったわけ。 その時に県知事も参加している。警察署長、在郷軍人、消防署も 参加している。それで各村の村長、役場の係員、主な者がそこに全部集められた。那覇の神社に。そこに集めて総決起大会やって、 その大会には軍は一兵も参加していない。軍は参加していない。軍以外の主な者は全部参加した。要するに民間ですな。 それでその時に、我々沖縄は日本人として内地の人みたいに 立派に戦って、沖縄は明治2年に沖縄県になって、後から日本人 になったんだと。だから我々は第二国民なんだと。
ところが第二国民でも我々は明治の頃から、日清・日露戦争もしっかり戦った、日本軍のために尽くして来ましたと。 先祖は立派やったと。今度も先輩に恥じないようしっかり戦いましょう。それで日本の昔の歴史によれば、城が落ちる時には、老幼女子 みんな自決をした。

751 :梅澤部隊長の証言:2007/10/06(土) 23:18:33 ID:jtqT4Loz0
船が無くなったから明日から陸戦になると。わずかの部隊で兵器も少ない。特攻隊は小銃もない、明治26年式という拳銃を持ってるだけ、明治の時の 古い銃。それで軍刀を持ってるのは将校だけ。その特攻隊の兵隊は、あの頃は 昔下げていた下士官用の短いサーベルがある。それを皆持っている。

−−−指揮刀ですか。−−−−

刃物だよ。しかし、日本刀じゃない。兵器廠制式の下士官刀。短機銃、ピストルの弾で撃つやつ。軽機銃より、もっと安物よ。小銃よりちょっと 短い。小銃弾は6ミリ、それが五丁と。拳銃の弾は7ミリ。

−−−−拳銃の弾で戦えるのですか。−−−

弾丸を皆、分けて貰ってるわけだ。拳銃用に同じ弾を使うことになっているわけ。 兵器を持ってるのは、基地隊の300名だけ。

−−−わずかの拳銃と手榴弾だけで?−−−

759 :梅澤部隊長の証言:2007/10/06(土) 23:20:34 ID:jtqT4Loz0
それは、百人の話や。応援の基地隊は300名おって、これは三百丁近い小銃を 持っている。軽機関銃も四、五丁持っている。それから重機関銃一丁。 これで明日から戦わないといけない。非常な苦戦になると。全滅になるだろうけれども、 俺たちは一生懸命戦うから、部隊の後ろの方の端の方に非難して今まで掘っている壕があるはずや。食料が入れてるがあるはずや。 そこに逃げて生き延びてくれと云ったら、「上からの指令でありますから、我々の先輩、親も祖父も日露戦争で戦っている。 可哀想だけど老幼女子は死んで貰います。とにかく手榴弾を下さい。」と
こういうわけや。イカンと云ってもきかんわけ。それを五人の者がそれぞれ云うわけ。それを女子青年団長、22,3の女子がちゃんと聞いて知ってるわけ。 それが証明してくれた、「梅澤さんは命令しておりません」と。

−−−その青年団長は今でもご存命ですか。−−−

今から5年くらい前に死んだな。

−−−生きている時に証言したんですね。−−−

証明した。

764 :梅澤部隊長の証言:2007/10/06(土) 23:22:38 ID:jtqT4Loz0
昭和33年頃、集団自決があったと、それは軍の命令だったと、その少佐の名前は梅澤と赤松だと週間朝日に出た。 これに儂はびっくりしたよ。その時内地の会社で働いていたわけよ。愕然としたわ。皆、会社の人が読んでるから。新聞にも書き始めた。朝日、毎日、読売、ありと あらゆる新聞が書き始めた。それからマスコミが時々いろんな物を書く。それから あの頃三文売文の物書きが沢山おった。それが兎に角、日本が負けたことを ダシにして金儲けするわけよ。全部、梅澤少佐(悪人説)で始まったわけ。
敗者利得者だよ。

−−−その時梅澤さんは何処に住んでおられました?−−−−
その時は、西宮、家内は愕然としたわ。
−−−結婚は戦後ですか?−−−
昭和十九年。広島の船舶隊に転勤するとき、今しないとチャンスは無いと思って結婚した。
−−−新聞・雑誌が書き出して、会社に居辛くなったと云うことですか?−−−

頑張って働いたけど、しまいには会社、転々と変わったな、。経済が行き詰まり。
−−−ご苦労なさったわけですね。−−−
辛いよ。私はその時会社で部長や。昔の少佐やからそういう会社に行ったって 進級早い。それがそんなこと書かれてみい、辛い。 家内は買い物行くのに外を歩くのが辛いと言っていた。 息子は中学生と小学生。中学生の方は学校行くのが辛いと。 新聞に梅澤、梅澤と出てるけどお前の家と違うかと言われるわけや。家内は、やせ細った。

771 :梅澤部隊長の証言:2007/10/06(土) 23:24:50 ID:jtqT4Loz0
俺が命令したことにして話が進んでいるがそんなことはしていない、と 朝日新聞に文句を言ったり喧嘩したりするけれども奴らはびくともしない。 共産党だからね、言っても言う事きかん。 沖縄タイムスという共産党の新聞がある。それと琉球大学、これは共産党の大学。これが束になって指導して、何とかこの問題を沖縄の復興に繋げないと いけないと画策する。復興するにはどうしたらいいか。軍を悪者にして、軍から苛められたとか殴られたとか、食料を奪われたとか 言って、とにかく軍に苛められたことにしようと。
それで慶良間においては、軍命令で自決命令を出されたと、そういう風に本が出来て、それがずっと未だに訂正されずに出てるわけ。 それで証拠集めに1年おきに(沖縄)行ったわけよ。
それで「何で俺が命令した、と云うの?してないではないか」と言ったら、向こうは 平身低頭。この問題については、もうちょっと待ってくれと云うわけ。本当のことを調べに座間味に行ったときに、その当時の女子青年団長が来て あの女の団長は私でございます、と挨拶に来たのよ。夢かとばかり喜んだよ。
あの時に隊長は「死んだらいかんと」と言うこと云った。私は戦後そう言う風に 云おうと思ったけれども、島では復興するためには、政府に嘆願に行かないと いけない。島の宮村(宮村○○)という助役の弟が、これが終戦の時まで福岡の 高射砲隊の軍曹。

777 :梅澤部隊長の証言:2007/10/06(土) 23:26:53 ID:jtqT4Loz0
復員して那覇で働いているときに座間味の村長から呼び出しが来てお前の兄貴が助役の時に自決命令を出して、それであんな騒動になったのだから お前が、後始末をしろということになったわけ。宮村軍曹はびっくりして、厚生省に2回いくわけ。2回いったけど剣もほろほろやった。 自決をした老幼女子を救済するような法律は出来ていないと断られた。 それで村に帰ったらもう一回行ってこいと云う。最後に行ったときに厚生省の役人が、これはひょっとしたら、こんな事は言いたく ないけれど、軍が命令したことにしたら金が出るかも、と示唆した。

−−−−厚生省が?−−−−

名前まで分かってるよ。

780 :梅澤部隊長の証言:2007/10/06(土) 23:29:02 ID:jtqT4Loz0
それを聞いて村に報告したら役場は大喜びだったが、村で防衛に参加した 年寄りたちや、女たちも皆、梅澤さんをそう言う風に貶めたらいかんと反対 したんだと。
あの部隊は他の部隊と違う、村民に嫌な思いをさせていない。可愛がってくれたよ。よその部隊は殴っているけれど、うちの村は部隊から殴られた のは一人もいないと。それなのに命令したと云ったらいかんと反対がでたわけ。
その後、戦っていたいた人がどっと復員して帰ってくる。それが親兄弟は自決して死んでると聞くと、そんなアホなことがあるかとなる。
いくら梅澤部隊がよくしたって、そんなこと承知出来るかと。部隊がいたからこんな事になったと。梅澤のことにしてしまおう、厚生省の役人がそうしろと云ったからもっけの幸いとした。それで申請したら三ヶ月で補償金がおりるようになった、ものすごい高額。 それで島はすっかり復興しました、と。
今ではホテルも出来てるし、民宿も出来るし、船も通うと。昔はかつお漁に出ていたけれど、そんなところに行かなくていいと。 たくさん金が出るようになったと云う。
村の百姓なんか百姓しなくなって怠け者になったとか聞く。村は復興するわ、金はあるわで、梅澤さんは訴訟など起こさずに、とにかく我慢してくれよと、云う。力もないし金もない村が、おかけで復興したんだと。
その宮村軍曹が、儂の前で手をついて謝るわけよ。

(ここで録音テープ終了)
789 :梅澤部隊長の証言:2007/10/06(土) 23:31:25 ID:jtqT4Loz0
この録音収録は4月15日に行った。
録音には残っていないが、梅澤氏は愕然とする発言をした。それは、米軍が梅澤部隊に的確に砲撃を実施した理由があった。 スパイの存在である。 住民から毎夜発光信号のような光が出ていると報告があり梅澤部隊長は
それを突き止めるため、数人の部下に探索を命じた。ところが探索の夜は光が出ない。何回やっても同じだった。
ところが、戦が始まり、戦闘中の日本軍の前に米軍のジープに乗った神山中尉が現れた、という。神山は日系二世の出身で基地隊からの 連絡将校だったそうだ。梅澤氏は、それを見て的確な砲撃に納得した、と語る。
「国の支え」第32号(秋季号)・・・・関西防衛を支える会
794 :梅澤部隊長の証言:2007/10/06(土) 23:33:36 ID:jtqT4Loz0
証言一札

座間味村遺族会長 宮村幸信
昭和20年3月26日の集団自決は、梅澤部隊長の命令ではなく 当時兵事主任(兼)村役場助役の宮里盛秀の命令で行われた。 これは、弟幸延が遺族補償のためやむ得ず隊長命令として申請ためのものであります。
右当時援護係 宮村幸延 印
梅澤 裕 殿

昭和62年3月28日

これは、「慶良間列島の戦闘と島民の集団自決」


証言の当時、アメリカ軍は、沖縄の日本への返還ではなく、住民を煽って独立させようとしていたことが知られている。その情報戦略の一環として、日本軍を悪の軍隊にしようとしたことは、非常に強く示唆される。


そして証言を聞く限り、彼らは非常に立派に戦った。その背骨になったのはなんだったのか。
五省とそれの背景にあった、子供のころから叩き込まれた「修身」だ。立派な死は立派な生の延長にある。立派に生きたものだけが死後もその名が輝く。

アメリカと日本国内の工作員たちは、この名を穢すことを一義的な目標としている。最終的には、日本を滅亡させるために。中国・韓国・アメリカによる靖国参拝に反対する動きとそれに呼応する国内工作員とは、すなわちそういう存在なのだ。

だからこそ、日本国内の社会破壊を目指す工作員たちはこぞって、道徳崩壊・危機を叫びながら、五省の再導入に拒絶を示すのです。
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